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天正伊賀の乱

天正伊賀の乱⑨ 織田軍はなぜ、簡単に伊賀に入れたのか

天然の要塞・伊賀になぜ織田の大軍があっさり侵入できたのか。信長公記が示す侵入ルートと、北部伊賀の動向から見えてくる第二次天正伊賀の乱の本当の狙いを考察する。
天正伊賀の乱

天正伊賀の乱⑧ 第二次の犠牲者は、本当に三万人だったのか

信長公記は伊賀の虐殺をほとんど語らない。長島は今やレジャーランドになったのに、伊賀には忍者文化が残り続けている。三万人犠牲説の矛盾を伊賀在住者の視点で読み解く。
天正伊賀の乱

天正伊賀の乱⑦ 信雄は本当に”独断”だったのか

八千人の軍勢を信長に隠して動かし、大敗しても叱責だけで済む。この通説には無理がある。信雄を「冴えない人物」と片付けてはいけない理由と、第一次の真の構図を考察。
天正伊賀の乱

天正伊賀の乱⑥ 第一次の前哨戦――丸山城の攻防

伊賀の中心部に密かに城を築くことは不可能だ。伊賀在住者として断言できる。丸山城破壊の実行者は名張忍者であり、第一次天正伊賀の乱は「名張対織田」の戦いだった。
天正伊賀の乱

天正伊賀の乱⑤ 信長の伊勢侵攻と、北畠家の最期

信長はなぜ北畠家を養子だけでなく、徹底的に粛清したのか。北畠粛清の直後に第一次天正伊賀の乱が起きたのは偶然ではない。伊勢と伊賀をつなぐ一本の線を追う。
天正伊賀の乱

天正伊賀の乱④ 名張は”南朝”最大の要衝だった

吉野へのナビが「まず南へ」と示した時、名張の地政学的重要性を確信した。吉野・伊勢・北畠家を結ぶ要衝としての名張と、南朝残党との深い関係を考察する。
天正伊賀の乱

天正伊賀の乱③ 名張忍者の存在感と、600の砦

伊賀国内に600以上もある城・砦跡は、外敵への備えではなく内部の緊張を示すものだった。百地砦を実際に訪れてわかった、名張忍者が持っていた圧倒的な存在感とは。
天正伊賀の乱

天正伊賀の乱② 伊賀惣国一揆は、本当に”一枚岩”だったのか

東京23区より広い伊賀で、柘植から赤目まで鐘の音は届かない。伊賀在住者だからわかる地形の現実から、伊賀惣国一揆「一枚岩説」の矛盾を読み解く。
天正伊賀の乱

天正伊賀の乱① 天正伊賀の乱とは?――なぜ日本史最大級の事件を、誰も知らないのか

島原の乱に次ぐ三万人の犠牲者とも言われながら、伊賀に住む人間でも知らない天正伊賀の乱。通説の根拠となる伊乱記は江戸時代の書物。一次史料が語らない謎に迫る。
本能寺の変

本能寺の変⑤ 犯人は伊賀忍者だった――そして、もっと大きな物語

本能寺の変の実行者は誰か。復讐説では説明できない組織的な動き、忍術書が示す潜入の可能性。そして次シリーズ「天正伊賀の乱」へ――伊賀忍者犯人説の根拠を探る。